Merck Millipore BioScience Forum 2013 開催レポート
Advancements in Stem Cell Research and Technologies for Cellular Analysis
~最先端テクノロジーが導く幹細胞研究の未来~
| 公演概要 | 公演要旨 |
「Advancements in Stem Cell Research and Technologies for Cellular Analysis ~最先端テクノロジーが導く幹細胞研究の未来~」と題して、2013年9月10日に開催されたMerck Millipore BioScience Forum 2013は、国内外の先端研究者による最新の研究成果や医療応用への可能性など多彩な講演内容で盛況のうちに幕を閉じました。沢山のご参加ありがとうございました。
山中伸弥教授によるiPS細胞の作製方法の発見および、同氏の2012年ノーベル生理学・医学賞受賞により、幹細胞研究は以前にもまして重要な研究分野の一つになっています。
本フォーラムでは、幹細胞研究を基礎から応用まで広く捉え、関係の深い6演題を幹細胞研究分野の内外から募り講演、質問や意見も交換され、活発なセミナーとなりました。
今回の講演の概要と要旨を掲載していますので、是非、ご覧ください。
▼Merck Millipore BioScienceForum 2013 講演概要・要旨
【講演概要】 |
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座長:荒川 博文博士 国立がん研究センター研究所 分子標的研究グループ 腫瘍生物学分野
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講演1. Delineating hematopoietic development by imaging flow cytometry: Layered emergence during embryogenesis
講演者:Dr. Kathleen E. McGrath University of Rochester Medical Center, School of Medicine and Dentistry イメージングフローサイトメーター(ImageStream)を用い、いままで困難だったin vivoの発生現象の直接解析を実現した研究成果の発表でした。マウス胚の中(in vivo)で細胞が実際にどのように分化していくかを知るには、細胞集団を直接観察する必要があります。イメージングフローサイトメーターを利用して、特定のタイミングの血中細胞集団を文字通り「見る」ことで、赤血球の主要分化経路を明らかにし、集団中に非常に稀にしか存在しない免疫系細胞Megakaryocyteの検出に成功した研究成果を発表していただきました。
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講演2. 細胞の自己分解システム・オートファジーの分子機構と疾患における役割
講演者:濱﨑 万穂 博士 大阪大学大学院 医学系研究科 遺伝医学講座 遺伝学教室 個体発生、器官形成やがん幹細胞分野で注目されている「オートファジー(自食)」は、すべての細胞が持つ基本機能のひとつであり、自身が産生した細胞内の不要物や感染性の異物を分解するための機構です。本講演ではオートファジーの基本概念に始まり、非常に短時間に観察されるオートファゴソームを対象とした実験手法、オートファゴソームの生成が小胞体とミトコンドリアの境界で起こることを示すデータ、さらにオートファゴソームを分解するための新たな機構Lysophagyまで、幅広い研究成果を非常に分かりやすく解説していただきました。
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講演3. Using microfluidics for real-time imaging of in-vitro cell models
講演者:Mr. Alex Mok CellASIC Product Manager, EMD Millipore Merck Milliporeの最新細胞培養プラットフォームCellASIC ONIXの基本機能と、適用可能な各種アプリケーションが紹介されました。細胞そのものを研究対象にする場合、細胞周辺の微小環境は実験の精度や再現性に大きく影響します。CellASIC ONIXを使用すれば、既存の倒立顕微鏡ステージ上で細胞の周辺環境を正確に制御しながらライブセルイメージング実験を実施可能です。
>> CellASIC ONIX 詳細
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講演4. Heart in a dish: A window for personalized medicine
講演者:Dr. Mehta Ashish Research and Development Unit, National Heart Centre Singapore iPS細胞から機能細胞への分化誘導は、再生医療の実現に必須の技術です。本講演では、iPS細胞を拍動可能な機能型心筋細胞(Cardiomyocyte: CM)へ分化誘導させる方法に関する研究、医療応用(治療や病態解析)への可能性を紹介いただきました。特に遺伝性QT延長症候群2型(LQTS-2)患者由来iPS細胞から分化させた心筋細胞の機能回復データや、生きたままの細胞中で遺伝子発現を検出して分化状態を把握できるSmartFlare技術は、参加者の方々から高い関心が寄せられていました。
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講演5. エピゲノムからみた心筋生存と心臓再生 ~どうすれば強い心筋が生まれるのか?~
講演者:竹内 純 博士 東京大学分子細胞生物学研究所 エピゲノム疾患研究センター 心循環器再生研究分野 心臓の発生が開始される根本的な誘導がクロマチンリモデリング因子SWI/SNF-BAF複合体と補因子Baf60によって実現されていることを中心に、発見者ご自身である竹内教授に最新研究成果を発表いただきました。細胞レベルでの最先端研究の紹介だった演題4とは対照的に、本講演は組織レベルの話組織発生におけるクロマチンリモデリングの重要性と、最新の知見が心筋再生にどのように応用される可能性があるかという展望が紹介され、活発な質疑応答が起こりました。
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講演6. 臨床応用に向けたiPS細胞の今
講演者:青井 貴之 博士 神戸大学大学院 医学研究科 内科系講座iPS細胞応用医学分野 本講演では、iPS細胞技術の医療応用の現状と課題に関して、分かりやすく講演していただきました。iPS細胞の医療応用は着々と準備が進んでいるように見えますが、実は課題も多いことが本講演で明らかにされました。特に、技術的課題は解決される可能性が高い一方、新規事業を開始する際のビジネスモデルが存在せず、産学連携の好例が少ないといった制度面や社会面の問題が大きいことは、今後のiPS細胞技術の実用化に向けてクリアすべき重要課題であるという印象が強く残った、非常に興味深い講演でした。
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【講演要旨】 |
講演1."Delineating hematopoietic development by imaging flow cytometry: Layered emergence during embryogenesis"
要旨: During adult hematopoiesis, pluripotent hematopoietic stem cells (HSC) in the bone marrow differentiate into specific progenitors that then progress through maturation of precursors to produce the diverse array of blood cells found in our bodies. Homeostasis is maintained by careful feed back regulation to adjust the steady state levels of the hematopoietic intermediates. However, it is clear that this paradigm breaks down during embryogenesis. Hematopoiesis in the mammalian embryo is not at steady state, but dramatically expands in cell number and in lineage complexity during gestation. Additionally, hematopoietic function is required before HSC are formed in the embryo. Embryos solve this dilemma by creating additional sources of hematopoietic cells that arise pre-HSC. These sequential waves of hematopoiesis display differences in self-renewal, potential and blood cell function that are relevant to our understanding of hematopoietic regulation, as well as pediatric diseases and embryonic stem cell maturation. While understanding embryonic hematopoiesis is important, it presents several challenges including; rarity of the cells, subtle differences between overlapping hematopoietic waves, and maturation of most myeloid lineages being defined by morphologic criteria. Our studies have made extensive use of imaging flow cytometry (ImageSteamX, Merck Millipore Corp.), a flow cytometer that captures images of cells in bright field and up to ten fluorescent channels. The advantage of imaging flow cytometry (IFC) is that large numbers of cells can be analyzed with each pixel of the cells image being independently compensated allowing accurate quantitation. Utilizing this technique, we have been able integrate morphological characteristics, such as size and shape of the cell and nucleus, with flow cytometric parameters, such as immunophenotype, ploidy, cell cycle status, and mitochondrial content. Furthermore, IFC has the unique capability to analyze important cell characteristics by quantitating not only the fluorescent signal strength, but also the morphology of that signal. This has allowed more powerful discrimination of apoptosis, DNA damage (gamma H2A spots) and cell signaling (nuclear localization of phosphoSTAT proteins). It also allows discrimination of cells with legitimate staining from confounding debris displaying artifactual staining that is critical for some of our rare populations including megakaryocytes. These data have contributed to the model of successive waves of primitive and definitive hematopoiesis that arise pre-HSC in the yolk sac and are recapitulated in developing embryonic stem cell systems.
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講演2.「細胞の自己分解システム・オートファジーの分子機構と疾患における役割」
要旨: オートファジーは、自己成分の分解・再利用を行うために全真核細胞が備える細胞内大規模分解システムである。ギリシャ語で「自分を食べる」という意のこの用語が1963年に初めて公式の場で使われてから、今年で50年目となる。オートファジーでは、ユニークな2重膜構造オートファゴソームが一過性に細胞質に出現して細胞質成分やオルガネラを包み込み、最期にリソソームと融合しそれらを消化・分解する。飢餓時の栄養源確保という元々知られていた機能に加え、オートファジーは分化、寿命延長、免疫や、発がん・神経変性・感染症・炎症性疾患・生活習慣病など様々な疾患抑制という予想外の多彩な働きをすることが近年明らかになってきて注目を集めている。 我々の研究室で同定したオートファゴソーム結合タンパク質LC3は、オートファジー研究に不可欠な標準マーカーとなっており、論文引用数は2,000を超える(EMBO J. 2000)。また最近では、40年に亘って論争が続いていたオートファゴソームの起源について、小胞体とミトコンドリアの接触部位が形成の場であることを示した(Nat. Cell. Biol. 2009; Nature 2013)。細胞にとって有害な損傷を受けたリソソームをオートファジーが選択的に隔離し、腎症などの疾患悪化を防いでいるという最近の発見についても述べたい(EMBO J. 2013)。 様々な疾患に関わるオートファジーの創薬スクリーニングも現在行っており、まだ存在しないオートファジー特異的な阻害剤・促進剤の単離を試みている。
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講演3."Using microfluidics for real-time imaging of in-vitro cell models"
要旨: To link knowledge of molecular mechanisms to phenotypes and disease states, reductionist approaches to cell biology are giving way to the dynamic study of complex networks of interacting systems within single cells. This approach can be especially useful in studying the dynamic mechanisms of stem cell fate determination. New microfluidic techologies for cell culture enable unprecedented control over the live cell environment. They offer the key benefits of creating a more biologically relevant in-vitro environment to predict in-vivo activity and a precise, standardized format accessible to biologists.
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講演4."Heart in a dish: A window for personalized medicine"
要旨: The advent of human ES cells in 1998 and the discovery of iPSC in 2006 heralded a new phase of biomedical and translational research. The ability to indefinitely propagate and subsequently differentiate these pluripotent stem cells to various cell types has presented us with unparalleled paradigms in applications in regenerative medicine, disease modeling, safety screening and drug discovery. There are currently various methods to generate iPSCs; we focus on zero-footprint reprogramming technology to generate hiPSCs in view of their clinical implications. These iPSCs generated from patients with inherited disease and cardiac conditions were shown to make cardiomyocytes efficiently using our proprietary cardiac differentiation protocol. These have provided us unprecedented tools to model them in a dish and to study multiple cardiac diseases. The generated myocytes could potentially serve as a valuable platform to perform cardiotoxicity assays for drug safety evaluation and to integrate into high throughput screens for drug discovery program. Such developments bode well for the coming of age of personalized medicine.
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講演5.「エピゲノムからみた心筋生存と心臓再生 ~どうすれば強い心筋が生まれるのか?~」
要旨: 。我々ほ乳類の心臓は限定的ではあるが再生可能ということが明らかとなって2年経ち、ヒト再生医療を目指す上で心臓研究はマウス及び霊長類が主たる場となってきた。成体でも非常に再生能が維持されたゼブラフィッシュとは異なり、出生後1週間以内に心臓再生能力を失うマウスの心臓は、その構成細胞のどこに原因があるのだろうか?さらに、どのような因子が心筋環境を変化させるキーとなっているのだろうか? 我々の研究室では、新生児の心筋は増殖活性が高く、虚血下においても生命維持をし続けることが先行研究より明らかとなっていたことから、その主たる原因は心筋にあると考えられる。次に、心筋再生可能な時期と不可能な時期における遺伝子発現変化を解析したところ、クロマチン構造変換因子群の発現が顕著であり、その多くが心筋内に発現するものであった。また、同時に心不全患者のRNA-seqデータを構築したところ、幾つか共通するキー因子群が単離されてきた。そが、SWI/SNF-BAF複合体とその補因子であるBaf60cであった。これらの複合体は心臓誘導因子として報告がされている(Takeuchi&Bruneau, Nature 2009)。また、ヒト先天性心疾患重篤化にも深く関与している(Takeuchi et al., Nat. Commun. 2011; Lickert, Takeuchi et al., Nature 2004)。 このSWI/SNF-BAF複合体が心筋再生及び心筋維持にどのように機能しているのか? ChIP解析法を用いることによって、心臓構成タンパク質や心ホルモン、心臓転写因子、血管増殖因子などのプロモーターではSWI/SNF-BAF複合体依存的にクロマチン構造変換が生じていることを突き止めた。さらに、これらの遺伝子プロモーター/エンハンサーでのヒストンアセチル化/メチル化パターンも、SWI/SNF-BAF依存的に変化しており、クロマチン—ヒストン構造変換と遺伝子発現(転写制御)は別々に機能するのでは無く、深く関与していることが分かる。これらの遺伝子群のプロモーターでのクロマチン構造の変化が再生能の低下に伴っており、心筋再生及び保護と強くリンクしていると考えられる。 今回のセッションでは、全ゲノムにおける変換領域とクロマチン構造・ヒストン修飾変換を担うキー因子の投与による再生能の向上について生物学的な観点から報告したい。
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講演6.「臨床応用に向けたiPS細胞の今」
要旨: iPS細胞は、体細胞に少数の因子を導入することで得られる多能性幹細胞である。iPS細胞は生体を構成する様々な細胞に分化することができる多能性と、そのような性質を保ちながら無限に増殖することができる自己複製能をもつことに加え、個性が判明している個人からの樹立が可能であるという特徴を持つ。これらの特徴から、iPS細胞は、新たな細胞移植医療法の開発や、創薬を通じて、臨床医学へ応用されることが大きく期待されている。近年、iPS細胞に関連した技術的取り組みは、iPS細胞の幅広い可能性を示す基礎研究的な段階から、開発に向かう中での種々の具体的課題の解決という段階に展開している。一方、関連する規制の改革を含む、レギュラトリーサイエンスにも様々な動きが見られる。臨床応用に向かうiPS細胞の現状について俯瞰し、その問題点や今後の見込みについて整理するとともに、現時点ではまだ基礎的検討の段階にあるものの、将来的な可能性を秘めたiPS細胞の新たな応用法についても論じたい。
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